失恋焼肉

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「キューピット」

十二月より一際寒く感じる正月を過ごし、今日は新年一発目の取材。『寒い』というより『冷たい』という表現が近い。クリスマスを過ぎ、イルミネーションと共に消えていくカップルを横目に温かい話が聞きたいと思い、吉木さん(仮名)と七輪を囲んだ。

吉木さんは30 代で、話を盛り上げるのがとても上手。取材に入る前の日常会話から場を盛り上げてくれた。「この人の明るさの裏にはどんな失恋が隠されているんだろう」と、取材する前から興味をそそられた。肉と人・・・そそられるものばかりで、ここは欲望のスーパーマーケットなのではないかと錯覚した。

・・・嘘だ。言い過ぎた。肉をつつき、ひとしきり食べて落ち着いた頃、吉木さんが遠い目をしながら言った。

「実は僕高校は男子校で、こうみえて大学入るまで誰とも付き合ったことなかったんです。」

「この場合のこうみえてって、チャラい人がいう言葉ですよ」

「いいんですよ細かいことは」

「はぁ... 」

「なのでもちろん童貞です。大事な思春期を男子校で過ごしたせいで、大学で女子と過ごせるだけでウハウハでした。当時仲が良かった男友達が紹介してくれた女の子がチア部で。チア部って存在するんですね。その子と、その友達の優子(仮名)と四人で何度か遊ぶ仲になりました。」

「まるで青春を取り戻すかのような巻き返しですね。」

「僕と優子は授業が一緒で、一緒にみんなで遊んだりしてるうちに、次第に優子を好きになりました。」

「高校時代を男性とばかり過ごしていた吉木さんからすると、大学生の女性は色々と感覚も違うでしょう。吉木さんは優子さんのどういうところに惹かれたんですか?」

「顔です」

「え?」

「顔です」

「・・・顔、がタイプだったんですか?」

「はい。めちゃくちゃ可愛かったです。」

「・・・そうですか」

一体私は何を期待していたのだ。色んな恋愛を見てきたからか、無意識に深いところを求めてしまっていると気付かされた。そうだ、大学生の好きになる感覚なんてそんなもの。いや、人を好きになる理由なんていつだってシンプルなものじゃないか。ありがとう、吉木さん。

「みんなではよく遊んでいたんですけど、二人で遊んだことは一回もなくて。誘っていいものかもわからず、当時の大学の先輩に相談しました。」

『いいか吉木。デート中に必ず次のデートにこぎつけろ。直接誘ってる分、断られにくいんだ... !』

「... 僕は目から鱗でした。恋愛とは男と女の心理戦なんだと。そして僕は優子に『二人で遊ぼう』と誘い、帰ってきた返事は『いいよ』と。二人で映画を観ました。当時やっていた映画がつまんないのしかなくて。でも映画くらいしかプランが出なかったので無理やり映画観て。その後近くのファミレスでご飯食べました。」

「本当に学生のデートですね。素敵です。聞いてるこっちが少し恥ずかしいくらい。」

「なんだかんだすごい楽しくて。好きな人とデートってこんなにも楽しいんだって思いました。そして帰りの電車の方向が同じだったので一緒に帰っていました。僕の最寄りが先だったので、まもなく最寄りに着く頃に先輩の言葉を思い出しました。」

『... あのさ、よかったら来週、また二人で遊ばない?』

「ド緊張の中、僕が最寄りを降りる際に彼女を誘いました。そしたら」

『もうあなたと二人では遊びません』

「そう言った彼女を乗せた電車の扉が閉まり、そのまま埼玉へ帰って行きました。」

「え?すみません、一瞬の展開すぎてついていけず。なんで断られたんですかね、お話聞く限り優子さんも楽しそうだったのに... 」

「後日友人から聞いたのですが、優子は最初から僕のことを恋愛対象として見ていなかったため、遊びにも行かないつもりだったそうで、でも友人達が『でも一回くらい遊びに行かなきゃわかんなくない?』と言って説得してくれたみたいで。」

吉木さんの話を聞いて、もう一つ気付いたことがあります。

恋愛とは、ほとんどの場合はその当人たち、つまり二人だけのものです。

ですがその裏では吉木さんの友人のように、【人の恋愛を支えてる人達がいる】ということ。世間では彼らのことをキューピッドと呼んだりもします。たとえその恋が実らなくとも、吉木さんが優子さんと一日デート出来たのは、吉木さんの思い出の一部を作るきっかけとなったのはその友人たちで。

今後、私が取材していく人達の失恋話が、より立体的に感じ取れる気がしました。

そして吉木さんは肉を全部平らげ、「あざした!」と満足げに帰っていった。

憎めないところも彼の魅力だ。

ありがとう、吉木さん。

取材したお店

新宿焼肉ホルモンいのうえ

東京都新宿区西新宿7丁目15番17号 東光ビル2F

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