失恋焼肉

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「きっと」

本日取材させて頂くのは中山可奈( 仮) さんという女性だ。今回の取材をお願いしたとき「私の話が記事になるかはわからないんですけど... 」と不安げな表情をしていた。

この世には「ありふれた失恋」が存在し、それは誰しもが共感するような、皆がみな経験したことがある話のことを一般的には指す。

これは私の持論だが、それぞれの物語に「同じ」なんてないと思っている。たとえそれが似たような話であっても、生まれ育った土地、環境、出会う人々も全く同じなんてことはほぼあり得ない。たとえありふれた話だとしても” あなたが” 経験した物語が私は聞きたいのだ。私は彼女に「大丈夫です。気軽にあなたのことを、思うままに話してください」と伝えると、彼女は驚いた顔のあと、少し安堵したようだった。中山さんは真剣な眼差しで私を見つめている。彼女は少し考え込んだ後、ゆっくりと話し始めた。

「出会いは仕事の飲み会でした。私は大人数飲みが苦手だったんですが、そのときは特別人が多い会で。軽く一杯だけして帰ろうと思っていたところに声をかけてきたのが彼でした。」

「じゃあ、そのときに彼を好きになったんですか?」

「逆です。この人は絶対ないなと思いました。」

「... すみません、今回失恋の話でお呼びしたんですが... 」

少し戸惑う私に中山さんは続けて言った。

「彼は色んな女の子に手を出すタイプだって噂が回ってたこともあってか、最初から彼を異性として見てませんでした。その職場の飲み会の帰りに彼に” 家どこ?” って聞かれて。当時私は池袋に住んでたので彼にそれを伝えると” 俺池袋近いんだよ!” と。そのまま一緒に帰って池袋に着いた頃、”実は池袋の近くって言ったの嘘なんだよね。中山さんと飲みたくてさ” って言われて。本気で気持ち悪いと思いました。」

「そこまでの流れが自然すぎて本当に遊んでそうですね。」

「ですよね?そもそもそんなサクッと嘘つけます?あり得なかったのでそのままほっといて私は家に帰りました。」

「彼はどうしたんですか?」

「後から聞いたんですが、結構酔ってたのもあってその日は近くの漫喫で泊まったらしいです。」

「今のところまだ恋愛が始まってないですが大丈夫ですか?」

「安心してください、ここからなので。」

彼女はなぜか活き活きとしていた。ここまでの話で活き活きするところあったっけな?と思いながらも、彼女の話を聞くことにした。

「仕事で、あるプロジェクトを彼が担当してて。そのとき彼が私を推薦してくれたんです。本当は他の人をプロジェクトに入れるつもりだったらしいんですけど、彼がどうしてもと。今も私が仕事できてるのは正直彼のおかげなんです。そこは素直に感謝してます。初めて任せてもらえることに最初凄く不安で、プレッシャーにやられてて。そんな時もそばにいてくれてたのは彼だったんです。その時くらいからですかね。彼を意識し始めたのは。異性としてではなく、心の支えというか。」

「それから彼からはアプローチはなかったんですか?」

「ありました。ずっと好き好きと言われてました。でもそのときの私は職場恋愛は考えられなくて。だからひとまずこのプロジェクト終わるまでは待ってくださいって言いました。それから仕事がひと段落した頃、好きってほどではなかったけど中途半端な関係が嫌だったから、ちょっとくらい良いかなって思って付き合うことにしました。」

「女性って好きじゃなくても付き合うって意外と聞くんですけど、周りにも多いですか?」

「うーんどうなんですかね。私の周りでは多いかもですね。私の場合は当時まだ社会人なりたてとかだったんで、感覚はまだ大学生というか。やっぱり一緒にいて楽しいとかが大きかったんだと思います。」

「なるほど。彼とはその後付き合ってみてどうだったんですか?」

「彼、モラハラが凄かったんです。付き合うまではあんなに優しかったのに、付き合った途端態度が変わって。」

「モラハラというと、例えばどんなことを言われたんですか?」

「” 女なんだから” とか” これくらいやれよ”” 本当何も知らねぇのな” とかから始まって、特に酷かったのはお酒飲んだときです。酒癖が凄く悪くて、平気で” お前クソだな”” 女だからって今まで泣いてきてどうにかなってきたんだろ?女の涙ってずりぃよな” とか。本当酷いときは” 死ねよ” とかも言われてました。」

「そんなこと言われてたんですか?そんな一面を知ったらすぐにでも冷めそうですが... 」

「何ていうんですかね。やっぱり良くも悪くもお互い気が楽だったんだと思います。だから彼も私にキツく当たったり、私も彼にキツく当たっちゃったり。」

「別れようとはならなかったんですか?」

「実は一回別れてて。でも彼がその後反省して、私とヨリを戻すために筋トレしたりダイエットしたりしてたみたいで。周りにも” どこ連れて行ったら喜んでくれるかな?とか” これ喜んでくれるかな?” って相談してたり。それを聞いたとき何だか凄く愛おしくて。それで、もう少し頑張ってみようというか、向き合おうっていうか。」

「それは、好きだったんですか?」

「... 今だから思うんですけど、あれは依存だったんだと思います。たくさん喧嘩もしてたし、たくさん傷付いて、傷付けてきて、何度も別れようと思ってても、会うとやっぱり楽しくて” もうちょっと、もうちょっと” が続いて。これがずっと続くとはお互い思っていなくて。いつかは決めないといけないって。」

あんなに饒舌だったのに、当時を思い出していたからか言葉が少し詰まっているように感じた。恋愛において依存は切っても切れない要素の一つにも感じる。『依存』という言葉はマイナスな言葉として認識されているが、見方を変えれば『それだけ相手のことを考えている』とも捉えられるだろう。『依存していないカップル』を見て私が思うことは、凄くドライに感じてしまう。『依存している』ことも『依存しないこと』もどちらが上でどちらが下とかはないと思う。物事をはっきりしたがる人には少し理解し難いかもしれない。

「彼とはどうして別れることになったんですか?」

中山さんは私のストレートな質問に対して、真っ直ぐ私の目を見て言葉を紡いでくれた。

「正直、今でも多分好きなんだと思います。これが好きって感情なのか、ただの情なのかはもう私にはわかりません。ただ、こんなに毎回喧嘩して、周りにもたくさん迷惑をかけて。自分達だけならまだしも、周りを巻き込んで迷惑かけるのは違うよねってなって。二人で何度も話し合って考えて出した結論でした。」

そう言う彼女の顔は、最初の明るい印象からは想像もつかない程の、とても大人な顔をしていた。

取材したお店

肉問屋直営 焼肉 肉一 高円寺店
東京都杉並区高円寺北3-34-14

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